サバイバー夫婦の日常ブログ

精神科サバイバー夫婦のおもしろ奮闘記

私達夫婦が精神病と診断される迄の道のり

夫は都会のプチ富裕層の家庭で一人っ子として、私は田舎の中流家庭の長女として、そんなに不自由なく、いやそこそこ甘やかされて?育ちました。

夫は幼稚園を中退したものの小中学校時代は成績も優秀でスポーツも万能で学級委員とかもやったり見た目も良いから女の子にもモテたり、一部男子生徒や教師からは煙たがられていたらしいけど、それなりの学童期だったらしい。

私は母が専業主婦だったので近くに保育園はあったけど通えず、1人で遊んだり弟と喧嘩したりしながら過ごし、小中学校時代の成績は普通、クラブ活動や部活動も文化系や運動系をそれなりに、委員会もそれなりで、モテる事はなかったけど同性の友達は途切れる事なく、同級生や教師からも嫌われたりせず、本当にかもなく不可もない感じ。

そう考えると高校くらいから少しずつおかしくなっていったのかな?

夫は電車に乗るのが嫌でスクーター通学可の高校へ行くも、その年からスクーター通学廃止になり電車通学を余儀なくされ、最初は真面目に通っていたけどスポーツ万能過ぎて先輩から虐められ、そのうち学校とは反対の電車に乗りお弁当だけ食べて帰る生活に。

そんなんだから日本の行きたい大学は全滅。浪人中も勉強に本気になれず、親に言われるままに語学留学。

語学を学んだだけで嫌になり帰国してしまう。

バブル時代だったから都会ではそれなりに仕事はあったものの、どこにも馴染めず職を転々とする。

バブル時代でどこにいってもお金はそこそこ稼げたから、ギャンブルとか女遊びに精を出す。もちろん酒や煙草も。

だけど優しいところもあって、ロクでもない年上女性と結婚。その後スポーツの最中に怪我をして入院。

なにやら入院した時大量のモルヒネを投与されたらしい。

その後、被害妄想や幻覚などが出て次々と問題を起こし、問題を起こすたびに警察を呼ばれ、そのまま精神科に連れていかれ強制入院。

そこで薬漬けになり離婚。

田舎に引っ越した親に呼ばれ田舎に移住するも、些細な事で親に騙され精神科病院に強制入院させられ、結局薬漬けにされる。

そんな事が繰り返されてくうちに、精神障害者である事を認めるようになり、年金を受給しデイケアに自ら通ったり、当事者支援をしてみたり、障害者として仕事をしたりする様になった。

そこで私と出逢う事になる。

だいぶ端折ったけど本人から聞いた大まかな概要はざっとそんなところだ。

一方、私の方は、受験に失敗して地方の高校に電車通学するのが嫌で、ランクを1つも2つも下げた自転車でもなんとか通える距離の高校にスポーツ推薦で入る事になる。

勉強も友達もそれなりだったけど、内分泌系疾患にかかりスポーツ推薦だったのに部活動も体育も出来なくなってくる。

内科に行くも病気を見落とされ治療を受けられず、親からは怠け者扱いをされ時に起き上がれない背中を背後から思い切り蹴られることも。

学校も遅刻がちになり、勉強もどんどん頭に入らなくなって、毎日早退。

友達や先生は心配してくれたけど、何をどうして良いかわからなくなり自殺を考える。

自殺を思い留まり、高校を辞めて好きな事をしようと考える。

好きな事をするにもお金がかかる事を知る。

その後は色々あって書ききれないけど、なんとか仕事を見つけ、結婚も出産も育児も家事も仕事もしながら、高卒の資格を取るための勉強も他の資格を取るための勉強も読書もゲームも当時の旦那の世話も、嫌な義理両親との付き合いも、ろくでもない親兄弟の心配も、当時の旦那が作ったギャンブルによる借金の返済も、全部完璧にしないといけないと思って真面目に頑張った。

睡眠時間を削り、ろくなものも食べず、タバコばかり吸って、具合が悪くなったら病院に駆け込み、あらゆる薬や点滴をしてもらいながら。

そのうち気分が塞ぎがちになり涙ばかり溢れるようになってくる。

その時すでに内科で肩凝りの薬として軽い精神安定剤睡眠導入剤は出されていたが、この時はまだ自分がうつ病とは考えていなかった。

本屋で強迫性障害の本を見て、自分は強迫性障害だとは思っていたけど、うつ病とは思っていなかった。

はっきり言ってこの時はまだ統合失調症とか不安障害とか言う言葉すら知らなかった。

精神病とは無関係だった。

ただ、たまたま家にあった家庭の医学に目を通すとうつ病の症状と自分のその時の症状が一致するものだから、自分はもしかしたらうつ病なのかもしれない、だとしたら早く精神科に行って診てもらい、薬を飲むなりして一刻も早く治さなければと強迫的に考えるようになる。

人は心身ともに余裕がなくなると、何も考えられないバカになり正しい判断が出来なくなってしまうらしい。

自分の体の事を第一に考えて、やる事を減らしたり食事を見直したり、周りの事を考えない様にしたり、軽い気晴らしをしたりしていたら精神科に行かなくても良かったかもしれない。

でもそれをアドバイスしてくれる様な知識と余裕と優しさを持ち合わせた人は私の周りには1人もいませんでした。

あの時は精神科しか頼るところが無かったのです。

そこで結婚生活が原因の抑鬱ですと診断され、別居し離婚。

大量の精神薬と点滴の毎日。

入退院を繰り返しデイケアに入り浸る。途中問題を起こし、他の病院に転院するも服薬はやめられず、定期的に入退院を繰り返す。

資格を取ったり、仕事をしたりするも色んな病気(精神科に行けば躁鬱、鬱、全般性不安障害、社会性不安障害、自律神経失調症パニック障害強迫性障害むずむず脚症候群、耳鼻科に行けば鼻炎、突発性難聴、蝸牛型メニール病、内科に行けば内分泌の異常、産婦人科に行けば更年期障害、月経困難症、外科に行けばティーチェ病など以下省略)が邪魔をしてうまく行かない。

今考えると、ただ単に精神薬を飲んで無理をしていたに過ぎない。

あの時の私に会って耳打ちしてあげたい。体を大切にと。

ただ、これが無かったら今の夫と出逢う事も結婚する事も無かったので、諸々の経験とあれだけの精神薬を飲んであれだけの無理をしてきたにも関わらず生きてこれた事、生きてる事、生かされてる事に感謝しないといけないと思ってます。

 

そんで話はずれたけど、転院した病院のデイケアで当事者支援活動的な事をしまくっている時に、あるサークルで今の夫と出逢い後に結婚する事となる