サバイバー夫婦の日常ブログ

精神科サバイバー夫婦のおもしろ奮闘記

立ち会い出産

去年の7月に妊娠が発覚してから、通院のたびに付き添ってもらった。

はじめは緊張していたのか?おかしな態度や言動も無かったような…。

昨年末に入院する前後も仕事関係や友達関係では被害妄想や不可解な行動などあったが、付き添いでおかしな事は無かった。

今年に入り、やはり仕事を始めてから全てに対する被害妄想と攻撃的な態度等が目立ってきた。

2月から切迫早産で1ヶ月間入院していた時も、仕事帰りに毎日の様に面会に来ては会社の愚痴をこぼしていた。

愚痴だけなら許せるが私に対する八つ当たりも半端じゃなくなっていく。

来た途端、顔見るなり怒鳴ったかと思うと謝り、持って来たものを公共のロビーにばら撒いては拾い、私のお願いしたものは何ひとつ持ってこない。

頼んでないものを持ってくる。

完全な嫌がらせ行為を1ヶ月間継続される。

嫌がらせじゃなくて八つ当たりかな?どっちでも良いけど、仕事のストレス発散を弱味の人間にたいしてするかね…と呆れるほど。

散財する様になるのもこの頃から。

退院した後はご想像通り、朝から晩まで嫌がらせ行為のオンパレード。

耐えかねて実家に里帰り…。

この辺りから症状がエスカレーター式に悪くなっていく。

親に怒鳴り散らしたり、私のところへ来て怒鳴り散らしたり、いかがわしいサイトの裸同然の女の子と毎夜毎夜話し込んだり…。

有料サイトについては産後2週間目にして気が付いたのだけど…

あんなの誰でも出来るって正直おかしな話だよね。

支払い能力の無い人とお話した場合はどうなるの?

その分も支払い能力のある人から不当に取ってるんだろうけど…。

それはさておき、立ち会い出産の話に戻ります。

切迫早産で入院してたのにも関わらず、出産予定日を超えたので予定通り誘発分娩となり、相方と共にいざ病院へ。

相方は誘発分娩室に来てまでも、「疲れた、眠い、帰る、甘えるな、お腹空いた、外食しに行こう、この病院の看護師はブスだ、俺の布団は?、早く産んでくれ」などと、誘発薬を飲み、いつ陣痛が来るかわからない嫁の前で、この様な暴言を吐きまくって歌を唄い騒ぎまくっていた。

流石の看護師さんも嫌な顔。

そして夕方の5時。

これでダメならまた明日だねと看護師さんから言われていたけど、やっとこ陣痛らしきものが来た。

女の勘で夕食を食べられないと思ったのか近くにあるおにぎりを頬張っていると宝クジを買いに行っていた相方が戻って来た。

看護師さんも来たので状況を説明。

そこからドンドン痛みの度合いが増して行く。

1時間後、痛みの度合いは激しく増し、看護師や医師もドンドン増える。

私の周りには主治医とベテラン助産師と若い看護師とが居て三者三様のアドバイスをしてくれた笑  

どれもイマイチなアドバイスだった為、自分なりの絶叫いきみ逃し法を駆使して絶叫しまくっていた笑  

医師から声を出さないで〜とか言われたけど無理。

苦笑いで見てるのもわかったけど叫ばないのは無理。

叫ぶ事でいきみを逃しているんだから笑  

で痛みがドンドン増して行く中…あれ?

相方は?どこ?どこ?先生や看護師さん達が15名くらいいるから、どこかの陰になってるのかな?え?あれ?居なくね?逃げた?立ち会い出産希望してたのにどう言う事?

呼び戻す為に相方の名前を連呼するが…来ない。

先生や助産師さんは三者三様のアドバイスを続ける笑

 もう死んでもいい。

痛さはマックスだし、アドバイスは三者三様だし、相方は居ないし、私が死んでも子供は何とか生き残るだろう…と思う。

くらい痛みが全開。

「先生、麻酔して切ってください」と懇願する。

私としては帝王切開にしてくれとお願いしたつもりだが。

先生は会陰切開ね、と受け取ったらしく。

4箇所、バツンッ、バツンッ、バツンッ、バツンッ、と豪快に会陰切開した瞬間にあたまがドバッと出て、もう一息みで赤ちゃんの大きな体もスルンッと豪快に出て来た。

胎盤出すのは無痛。会陰の縫合はチクッチクッチクッチクッ程度。

全てが終わり、赤ちゃんや私の清潔などお世話する人だけが残った頃、相方が何気なく顔を出す。

「ありがとう」と一言あったものの、それ以外の事が多すぎて、心に全く響かず。

それどころか本当にありがとうって思ってんの?みたいな。

産後すぐに目の前で「疲れた疲れた、眠い、帰りたい」と連呼されたら仕方ないよね。

「お疲れ様、早く帰って寝て下さい」と言うしかないよね。

 

 

思い出しながら書いたけど、ざっとこんな感じの立ち会い出産でした。

 

 

全部書いたらスッキリ。それではおやすみなさい。